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歴史

アンダーソンの歴史は1000B.C.までさかのぼります。当時この地にはアデナ族とホプウェル族と呼ばれる先住民族が住んでいました。 彼らの築いた儀式や埋葬の為の塚の多くは現在もアンダーソン市東部のマウンド州立公園に残されており、毎年多くの人々が訪れています。

アンダーソンと先住民族とのつながりは深く、市の名前も後にこの地域に移住してきたデラウェア族の酋長であったウィリアム・ アンダーソンに由来しています。

アンダーソンは1838年に「村」から「町」となりました。この当時、アンダーソンはセントラルカナル(運河)の建設計画に伴い、 町として発展を続けていました。しかしながら、1839年に運河建設計画が未完成のまま州により廃止され活気を失ったアンダーソンは 「町」としてのステータスを失いました。その後1849年に再度「町」となったものの3年後の1852年にはまた「村」に戻されました。

ところが同じ頃、インディアナポリス・ベラフォンテーン鉄道とその駅舎が完成し、アンダーソンは活気に満ちてきます。 翌年の1853年には再度「町」となり、そしてついに1865年8月28日に「市」としてのアンダーソンが誕生しました。誕生当時の人口は1300 人弱であったと記録に残されています。

1887年3月31日はアンダーソンにとって歴史に残る日となりました。この日、アンダーソンで天然ガスが発掘されました。これに伴い、 アンダーソンはさらなる発展をとげ、「ホワイトリバー沿いのピッツバーグ」と呼ばれるまでになりました。しかし1912 年に天然ガスが底をつき、一時は市の存続自体が危ぶまれました。この時にアンダーソンに残り、街の発展に貢献したのが後のレミ ーインターナショナル社(自動車部品会社)です。以来、アンダーソンは製造業の街として発展をとげ、今日に至ります。

今日のアンダーソンは、製造業の街としてのみではなく、多様な産業の進出を推進する事により様々な産業が集中する街へ と変化を遂げています。近年、アンダーソン進出を発表・実現した企業の中には、スイス食品大手のネッスル社など国際的な大企業も含 まれています。

アンダーソンはインディアナ州で11番目に大きな街であり、またマジソン郡の郡都(カウンティーシート)でもあります。 多彩な文化が楽しめ、住宅や生活コストも高くなく、住み心地の良い街である事に誇りを持っています。優れたリーダーシップと行政ー 企業間のパートナーシップを軸に、今後も更なる成長を続けて行くことでしょう。